私が覚えている最古の舌の記憶と言えば、今から遡ること55年以上前、小学校に入学したての頃だ。
特別記憶力がある訳では無く、当時の鮮烈な食べ物の印象だけが強く残っているだけである。
当時のお正月は、母がたの祖母、祖父が、新幹線こだまや、東名高速バスに乗って、孫の顔を見たさに、名古屋から半日掛けて 毎年東京まで来ていた。
母は、一人っ子であったのて、祖母と祖父は、初孫の私と弟を溺愛してくれたのだ。
当時我が家の正月元旦はお節料理、二日目は、すき焼きと決まっていたのだが、問題は、そのすき焼きであった。
私の記憶の最古を辿ると、祖母が旅支度を解き、こたつに入り、厳かに、極めて厳かに三枚重ねの新聞紙を開くと、竹の皮に包まれた宝物で、すき焼きのメイン材料である牛肉、其れも今から思えば、正にA5ランク最上級の超ブランド牛が燦然とお披露目されるのが、毎年の儀式なのであった。
覚えているのは、ドキドキしながら子供心に様々な味を思い浮かべて食した其れは、口に入れた途端に自分の体温で溶け、殆ど認識出来なかったが、おいしーい!を連発したものの、幼少の子供の味覚には如何にもオーバーサイズで三口目程で強烈な霜降りにやや気持ちが悪くなり、せっかくの正月の宴に早々失態を演じたのを記憶している。
この強烈な体験が私の舌の記憶であり、映像としての記憶は、コタツの上でご開帳される、新聞紙を剥がしていく音、竹の皮の紐を解く音である。
また新しい年を迎える時期が近づいて来た、心静かに準備して平和な正月になる事を祈りたい。