梅雨明け宣言の出た週末の夜のことです。私は仕事を終え、家路へと向かう電車に乗っていました。
電車は混んではいないものの座れる場所はなく、私は窓際にぼんやりと立っていました。
何とはなしに車中へ視線を向けたところ、ボックス席の通路側に座る中年男性が手に持つポリ袋から、
ポタリポタリと水滴が床に落ちるのが目に留まりました。袋の中身は缶ビール数本に見えましたが、
床に小さな水たまりができるほどで、周りに座る人たちも、自分の足元に水が流れてこないかと気に
しているのがわかりました。
周りの視線を気まずく思った中年男性は、手持ちの紙を水たまりに落とし吸収させようとしましたが、
その紙は本に挟まれている出版社のチラシのようで、紙質の良さがあだとなり吸水性はほぼゼロで、
水たまりにチラシが加わることになっただけでした。
事態が膠着する中、突然 中年男性に向かって人影が動きました。何が起こったのかとその人影を
見ると、スポーツマン風の爽やかな少年が、座っている中年男性を見下ろすように立っていたのです。
驚いたことに、少年の手にはロールのトイレットペーパーが握られており、トイレットペーパーを
クルクルと破いて中年男性に渡すとともに、少年自ら水たまりの床を拭き始めたのです。
中年男性と少年とのやりとりはほんの1分にも満たない程度だったと思います。私も周りもその
光景を見送ることしかできませんでした。
私は、少年が見て見ぬ振りをすることなく、「助けてあげたい」という一心で行動したことに
驚き、その純粋な思いやりの心に感動しました。
少年の下車駅は私より先のようです。私は、心の中で少年への感謝の気持ちとエールを送りながら
電車を降りました。
少年がなぜロールのトイレットペーパーを持っていたのかという疑問は残りますが、大人になって
忘れてしまっていた純粋な心を取り戻す貴重な時間を得ることができました。
少年を見習って、これからは、少しでも人に尽くすことができる人生を送ることができるように
なりたいと思います。